帰国
引率教員のMABOです。
9月12日(水)
今日は4週間のBSAプログラムの最終日、いよいよ日本に帰国します。
飛行機は朝8:30発なので6:30までには北京首都空港に到着しなければなりません。そのため、学生達は5時起床、6時には大学を出発です。しかし、、、、案の定といいますか、ある一部屋が寝坊!?ある男子部屋は全く片付けをしておらず、ごみが散乱。。。知らない知らないと、目を瞑って。男子学生を中心となって重たいとランクをバスに詰めたりしてくれて、ようやく6:15に大学を出発です。早朝にも拘らず、郭先生、孫先生、王さんが見送りに来てくれました。途中、北京首都空港の近くから1.5キロほど渋滞がありましたが、7時前には何とか到着。混雑したターミナルを掻き分けて進みながらゲートに。いよいよお別れの時です。ありがとう、さようなら、また来てね、また来るよとの別れの言葉が飛び交っています。涙こそなかったですが、この1ヶ月の事が蘇ってきました。
いよいよ最後の難関、搭乗手続きです。どうみても託送20kgの制限を越えている荷物ばかり。あれほど20kgを超えたら郵送しなさいと言っていたのに、誰もが自分で持って帰ろうとしている。困ったなーーと思っていましたが、ここは最終手段。団体でうやむやのうちに通してしまおうと、まずはパスポートと搭乗券を集めて、カウンターで13名の団体であることを申し出、搭乗券をまずは発券。まとめて通そうとすると、なんとなんと荷物は個人チェックらしい。やばいなーー、重量をメモしているし、一人20kgまでよーー、おまけして25kgにするけど合計325kgまで。今××kgだから、後××kg。彼らは中国の大学に留学していたんだから学生の優待があるはずだ、いや彼らのチケットは日本で買ったから適応はない。もうオーバーしたよ。じゃ、僕の荷物を少し抜くから。。。こんなやり取りが錯綜する中、こりゃ仕方がないと思ったのか、いつの間にか全ての荷物を無事に託送できました。学生達はのんきな涼しい顔をしていましたが、引率教員としては1kg1万円近くの超過荷物託送費を何とか払わないで済むようにバトルを繰り広げ、ヒヤヒヤモノでした。
いよいよ出国検査。朝の出発便が多いせいか、長蛇の列。列を見て東洋人(特に韓国、日本)が多くスムーズに列が進んでいるブロックに素早く並んで、何とか出国。この時点で出発30分前、搭乗開始時間はすでに過ぎていました。でも、学生をお手洗いに行かせてから、出発ゲートに直行。既に大半のお客さんは搭乗済み、ギリギリセーフでした。
飛行機は定刻どおり8:30に出発準備を整えましたが、早朝はアジア方面の出発便が多いため、プッシュバックまで20分の遅れ、誘導路で1時間の待機、定刻から1時間半遅れで北京を離陸しました。フライトは至って快適で、機内食を食べて寝ているうちに関西空港に無事着陸しました。下の写真は、無事に関西空港に到着をして、ターミナルに移動する列車に乗るところです。女性陣はへんてこな鬘を被って、大丈夫かなーーって感じ。






流石日本ですが、入国審査も託送荷物の引き取りも順調です。そして、最後の難関、税関検査です。特に関税を払うような買い物はしてませんが、学生達はバッタモノ市場でたんまりとバックや時計やDVDを買い込んでいますので、これが見つかると面倒。仕方がないので、私がパスポートの最後にRits教員の名刺を挟んで、先頭に立ち学生を後ろに並べてパスポートを持たせます。準備万端になったところで、税関職員にRitsの短期留学からの帰りである旨を言い、パスポートを見せて颯爽と通過。学生にも堂々と通過させて、事なきを得ました。やはり、関西でのRitsの信用は高いですね。学生の皆さん、日本の法律に触れる買い物はしてはだめですよ。そして、変な格好をして二度と税関を通らないで下さいね。
出口を出ると、待ちくたびれた親御さんたちが1ヶ月ぶりに子供さんに再会。本当に嬉しそうです。私も元気に多少太らせてお返しできて何よりです。中国では美味しいものを沢山食べて貰ったので、多少ふっくらとなった学生が多かったですから。BSA中国は、引率教員にとっては色々なトラブルがありましたが、学生の皆さんが中国を知り、好きになってくれたことが何よりの励みになりました。これから事後成果の取りまとめです。この短期留学(遊学!?)が、皆さんの糧となることを祈って。再見!!
修了式・謝恩会
引率教員のMABOです。
9月11日(火) 午後・夜
盧溝橋・抗日戦争紀念館から戻った後、学生達は中国語の終了試験に臨みました。内容は、中国語による論述試験だったようで、前の日の晩から一生懸命に準備をしていたようです。出来は…???成績は良い人も悪い人もいましたよ!
いよいよ、北京での行事、修了式と謝恩会です。対外経済貿易大学の中国語担当・游先生、中日経済担当の夏先生と趙先生、国際合作交流処の郭先生と孫先生、そして補助学生の王さんと卓さんを招待して、大学近くでは最も高級なレストランの小部屋を借り切って、中華フルコースを堪能しながら最後の別れを惜しみました。
まずは修了式。国際経済研究院の夏占友副院長から各学生に修了証書を手渡して頂き、記念撮影をしました。修了証書には、このBSA短期留学プログラムの全課程を修了し、相応の成績を修めたことを証する旨の文言が中国語で書かれていました。では、各学生達の様子をどうぞ!

まずは団長のモリヒコ

続いてBSAきっての美男子・シバッチ

引き続いてBSAで一番の×飲み・タカ

BSAで数少ない成人、でもいつもお疲れのウェイプ

実は実は愛知きってのお嬢様、スズ

天然パーマがトレードマーク、マイペースだけど頑張り屋のナゲ

いつもみんなのカラカワレ役のケイ

いつも独特の萌えとしたオーラが漂うキエタン

英語がお得意で一人郭先生や孫先生と自由にコミュニケーションが取れたアリサ

ソフトテニスの王者、スポーツ万能でみんなの盛り上げ役のハライチ

趣味や習い事では大和撫子なのになぜか本人はアナーキーなロッカーのキミタン

いつもニコニコ、周りを癒してくれる心優しいチヒロ
その後、我々は豪華な満干全席!?と飲み物をたっぷり頂きながら暫し歓談??いやいや、大いに盛り上がった大宴会が続きます。段々と乱れてきていますが…。



最後に、お世話になった先生方、職員の皆さん、そして補助学生の皆さんに感謝の寄せ書きと花束を贈呈しました。

国際経済研究所の夏占友副院長:中国概況と中国経済について担当していただいただけでなく、学生との会食を交えた交流にも参加して頂きました。

国際合作交流処・郭杰プロジェクト・マネージャー:準備段階から実施まで色々とお世話になりました。おかげ様で無事にプログラムも終了し、結果的に予定以外の雑技鑑賞、頤和園や後海の観光、歌舞伎文化の紹介講座なども堪能できました。

中国語担当の游先生:若くて綺麗な四川省出身のお嬢様。授業だけでなく、家庭訪問でも学生を招待してくれました。でも、いつもシバッチにからかわれて「別開玩笑」(からかわないで)を連発していたそうです。

立命館大学に1年間留学予定の卓涓涓さん:中国語の授業からFieldworkや企業訪問まで全てのプログラムに同行してくれました。夏休みを潰させてしまってゴメンナサイ。。。でも、立命館に来たら面倒を見ますよ。

国際合作交流処・孫月苓さん:いつもニコニコとして第二外国語が日本語だったので、「来年来るときまでには少しは学生とコミュニケーションを取るために自分で勉強するわ」と教科書を買って一生懸命に勉強していました。

国際経済研究所の趙旭梅先生:中国経済と日中ビジネスについて担当して頂きました。若手の非常に優秀な先生で、日本に1年しか留学経験のないのに、しっかりした日本語で素晴らしい授業をして頂きました。学生の皆さん、真面目な授業だからといって寝ちゃダメですよ。

そして、最後に補助学生の王贇星さん:実は大学は引率教員がかつて留学していた北京第二外国語学院の出身。だから、日本留学経験のないのに日本語はバッチリ。みんなのお姉さんとして全プログラムをサポートしてくれました。ありがとう!!
最後に、郭先生から対外経済貿易大学のTシャツをプレゼントして頂き、皆で記念撮影。ちょっと乱れている男子学生もご愛嬌という事で。。。


盧溝橋・中国人民抗日戦争紀念館
引率教員のMABOです。
9月11日(火)
BSAI中国も残すところあと2日、最後のFieldworkとなりました。
今日は、日中戦争と歴史問題を考えるために盧溝橋と人民抗日戦争記念館に来ています。
盧溝橋は、1937年7月7日に起きた盧溝橋事件(七七事変)の場所として有名で、この事件をきっかけに日中が全面戦争に突入します。この事件の歴史を少し紐解くと、1937年7月7日の夜、盧溝橋周辺で演習を行っていた日本軍が「何者かから」銃撃を受け、兵1名が行方不明であることも判明します(後に帰還。実は事件性はなかった)。翌日の早朝より、日本軍は、中国軍(国民政府軍)を攻撃し、両軍の交戦に発展。その後、一応停戦がなされるが、兵力増派などが契機となり、両国の本格的な戦争へと発展することになったのです。
盧溝橋事件で日本軍が真っ先に占領した宛平城は、縦横5ー600メートル、高さ5ー6メートル程の堅固な城壁に囲まれています。城壁には日本軍が撃ち込んだ砲弾の痕があちこちに残り、その城壁に沿って、黒い大甕を伏せたような夥しい数のモニュメントが並べられていました。

モニュメントの一つひとつには、日本軍が中国各地の村や集落で老若男女に加えた残虐な行為の内容と犠牲者の数が克明に刻まれています。その膨大な数のモニュメントを遠くから眺めるだけで、立っているのが辛くなるほど慄然とした思いになってきます。

その先を歩いていくと、盧溝橋が見えてきます。盧溝橋は中国北京の南西約15kmの盧溝河(現在は永定河)に架かる石造りのアーチ橋で、1192年に完成しましたが、その後度々修復されています。全長は266.5mで、11個のアーチからなり、橋の欄干には獅子の彫刻がありそれぞれ異なる表情、姿をしています(総数は501個)。かつてここを訪れたマルコポーロは、『東方見聞録』の中で「世界中どこを探しても匹敵するものはないほどの見事さ」と記録したためマルコポーロブリッジの別名があるほどです。また橋のたもとには乾隆帝の筆と伝えられる「盧溝暁月」の石碑があります。皇帝がここで月を見たという事から、現在も中秋の名月の夜には月見に多くの市民が訪れています。




私は、盧溝橋を思い思いに渡りながら、空・川・橋という自然と歴史建造物という優雅なコントラストを眺めながら悠久の歴史の世界に誘われるとともに、かつて70年前にこの地で日中の不幸な戦端が開かれたかと思うと、何とも複雑な気持ちです。私自身は、日中関係を考える上では「歴史を鏡として、未来に向き合う」という立場ですから、日中の不幸な歴史についても中国・旅順の軍事刑務所などにも足を運んで事実を知るとともに、中国の人々ともこの問題について私自身の考え方を躊躇せずに話して意見を交換するようにしています。しかし、学生達はかつての日中戦争や太平洋戦争について殆ど知識を持たずに観光気分でニコニコと写真撮影をしていますが、これからアジアで活躍するであろう彼らは我々民族がかつて犯した過ちを背負い、近現代史を殆ど教えない中等教育の弊害を背負って、アジアの人々とどう付き合っていくのかなと少々不安にもなりました。
次に、宛平城の中に進み、中国人民抗日戦争紀念館を見学しました。
中国人民抗日戦争記念館は、蘆溝橋事件発生50周年の1987年に建てられたもので、記念館内の展示は8つのテーマに分かれています。「抗日戦争の勃発」「日本軍の暴行」「中国人民の対抗」「国際社会からの援助」「戦争の勝利」などで、日本軍の残虐行為と中国共産党と中国人民の抗日運動・戦争の歴史について展示しています。つまり、日本軍がいかに残虐な行為をしたのか、それに対して中国共産党と中国人民が如何にして勇敢に反ファシズムの戦いを展開して中国を解放したのかについて学習する内容となっています。ですから、中国側の立場に立ってどのように抗日戦争について伝えているのか、中国人民に教育・宣伝をしているのかについて知ることができます。よって、学生には中国人民抗日戦争紀念館には、「日中関係の正常化に向けた中国人民に対する説得」と「抗日戦争によって中国人民をファシズムから解放した中国共産党の正当性を宣伝する」という中国側の政治的立場があることを断った上で、戦中・戦後の歴史的事実は自らが学習し、「日本人として」この問題に対してどのような意見を持つかは自分で考えるべきであると予め伝えました。
見学では、各展示室で展示内容について私から説明を加えましたが、学生達は戦中の悲惨な惨状に言葉を失いつつも、真剣に見学をしてくれました。また、中国の国歌「義勇軍行進曲」が反ファシズム戦争・抗日戦争のために作曲・作詞された事実を知ると一様に絶句していましたが、中国における日中戦争は、日本では太平洋戦争と比較して局地戦として捕らえられているのとは対照的に、中国人民にとっては生存を掛けた抵抗戦争であり、日本軍の非情な行為に果敢に立ち向かった中国人民と中国共産党の勝利であると伝えられている、日中の歴史認識の違いについて十分理解することが出来たように思います。日本の報道では、中国側がしつこく歴史問題を取り上げて日本を批判すると非難をしますし、日本国民の中国嫌悪感もこのような報道によって高まっています。しかし、中国側のこのような政治的文脈を理解することは、この問題にどのように向き合いながら、我々は中国人民と付き合っていけばよいのか考える手掛かりになったのではないでしょうか?学生にとっては少々刺激が強かったとは思いますが、両国の関係を担っていく次世代人にも真剣に考えて欲しいものです。




中国残り01日!
こんばんわんこ~★
タッチに引き続いて
ひさびさ登場すずだょン
BSAIもはやいもので
もぅ明後日帰国となりましたね
みんな帰国の準備ゎ進んでるかなァ。。。
って
01番観光状態になってる自分がいるんだけどね~ン(゜U゜)ノ
きょうわ午前中観光で中華民族村いったよ
ここに暮らしてる少数民族の人たちが踊りとか歌とか芸をみせてくれるの
きょうわ33度でめちゃめちゃ日差しが強かったうえに
たたっくさん歩いて
お昼ごはんもナゾやったけど
イケ麺ダンサーに出会えたからいぃや☆
あしたわとうとう終了テスト&パーティーだね
わしわひろと悔いの残らんょに
受験以来の盛り勉をしちょります(@~@)
あしたわ最後の中国楽しむぞーィ!!!
ほな
おやすみなさーぃ♪














